トラペジウム

アイドル。夢を追いかける「過程」そのものが誰かの希望になる、稀有な職業。でも、アイドルと名乗るだけでアイドルになれることはほとんどない。名乗る・名乗らない(意図する・しない)にかかわらず、自分の行動や生きざまが誰かの希望となることで、「結果」的にアイドルになる。
現代日本におけるアイドルは、「過程」であり、同時に「結果」なのだな、なんて思う。

『トラぺジウム』は、人気アイドルグループ乃木坂46のメンバー・高山一実による、アイドルを目指す少女たちの「過程」と「結果」の物語。
あらすじとしては、高校1年生の少女・東ゆうが、“東西南北”を象徴する美少女4人グループをつくり、アイドルになるために奮闘する、というもの。

つまり青春物語なのだが、汗の香りがほとんどしないのが特徴的。主人公の、夢に燃えながらどこかシニカルな目線が、作品全体の空気感をつくっているのだ。
しかも、緊迫のオーディションとか、ライバル同士のぶつかり合いとか、レッスンで涙とか、ステージでの感動とか、そういういかにも“アイドルらしい”シーンはほとんど出てこない。

意外だったけれど、それがまたよかった。“アイドル”がキーとなる作品のはずなのに、なかなか本筋に絡んでこないーーだからこそ、どう展開してどう着地するのか予測できず、グイグイ読まされてしまう。そして、“アイドル”の物語において、なぜこのエピソードが必要だったのか、現役アイドルである著者の意図はどこにあるのか、考えさせられるのだ。

東西南北の少女たちの中では、“西の星”こと大河くるみが好き。
高専の姫、萌え袖、ウサギのゴム、きっと自分が可愛いことを自覚している。でも根本的な性質はオタクでガリ勉、“自分の世界”側の人間以外受け入れない……(たぶん、過去にいやなことがいっぱいあったんだろうなあ)。
キャラクター的にはわたしとは似ても似つかないけれど、根本的なところでとても共感させてくれた気がする。
あまりネタバレはしたくないので詳細は伏せるけれど、たとえば、212頁における彼女の叫びが、とても深く刺さった。姫乃たまさんが、著書『職業としての地下アイドル』の中で、多くの地下アイドルの印象について、「可愛らしい華やかなものが好きだけど、自分自身には自信がない」「目立ちたさと恥ずかしさが同居している」、と記していたことを思い出す。
それから223頁の台詞。ちょうど、アイドルとして、その事象への答えがほしくて手に取った本でもあったので、いろいろな記憶と感情が渦巻いて、気づいたらぼろぼろ泣いていた。

一方、主人公の東ゆう、彼女にはほとんど共感できなかった。だからこそ、好きだと思った。
行動原理の1から10まで、「アイドルになること」しかない。全ての行動は踏み台。なのに、それがいちいち慈善事業なのがおかしい。自我が強くて、自分の夢に向かってひたすら邁進しているのが、結果的に誰かのためになっている――というのが、アイドルという不思議な職業をそのまま表しているみたいで、おもしろかった。

くるみとゆう、2人のキャラクターは、“アイドル”を軸にして見れば対照的だ。“アイドルに向いている性質”には、表層的なものと深層的なものと2種類あって、それらが両立されるのはなかなか奇跡的なことかもしれない。そんなことを思った。

最後まで、どう着地するのか読めない物語だった。けれど、結末はとてもストン、と胸に落ちてくる。
くるみも、ゆうも、それから、“南”の華鳥と“北”の美嘉も、アイドルだったのだ。「過程」においても「結果」においても。4人ともそれぞれ異なるかたちで、きっとアイドルだった。

トラペジウム
高山一実著/KADOKAWA

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