テロリストのパラソル

テロリストのパラソル。不思議なタイトルだ。「現在唯一の江戸川乱歩賞&直木賞ダブル受賞」という快挙をもつミステリーである。わたしもそれ以外の前情報を一切もたずに読みはじめた。

ページをめくるうち、あ、これはハードボイルドだな、と気づく。語り手の心情も含めて、どこまでも客観的で淡々とした描写。わたしは基本、抒情的で、語り手に共感・没入できる作品が好きなのだが、どうもその手の作品ではなさそうだ。とにかく結末の種明かしをモチベーションに読みすすめた。

すると、最後の最後に、心に焼きついて離れない、あまりにうつくしいシーンが待っていた。このシーンがあったおかげで、相当この作品を好きになった。いい意味で期待を裏切られたのだ。

冒頭、「くたびれたアル中の中年のバーテン」である主人公が、「晴れた日の日課」として新宿中央公園に行き、震える手でウイスキーを飲むシーンから始まる。突然、公園内で爆弾テロが発生。現場に指紋のついた瓶を残したために、容疑者扱いされてしまう主人公。犠牲者の中に、かつて学生運動を共にした友人が含まれていたことを知り、逃亡しながらも真相を追い始める――。

どんな事態に巻き込まれても常に冷静、どこか飄々としている主人公と、はねっかえりの美女、刑事、インテリヤクザ。酒と暴力と権力。血と硝煙のにおい。簡潔で読みやすい文章に、スピーディーな展開。とにかくハードボイルドの王道だ。青春時代の思い出や別離の記憶なども、あくまで淡々と描かれていく。

あれっと思ったのは、思わぬところで「短歌」が出てきたとき。ちょうど1本前の書評で歌集をとりあげていたこともあり、なんと偶然だなあと思っていたら、この短歌がじつはものすごく重要な役割をはたすのだ。そしてあの、うつくしいラストシーンにつながっていく。まったく予想もしていなかった展開だけに、おおいに心揺さぶられた。

「パラソル」が登場するのも最後の最後。パラソルによって生まれる光と影のように、あるいはあの一首のあざやかな分断と対比のように、くっきりと隔てられた明暗。これまで淡々と、よけいな感傷をゆるさずに展開されてきたからこそ響くワンシーン。とてもうつくしかったろうと思う。穏やかで、平和で、幸福な瞬間だったろう。それが、あまりにやるせない。

テロリストのパラソル
藤原伊織/角川文庫

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