少女七竈と七人の可愛そうな大人

<特別な少女>、というものが気になる。でも、<特別じゃないけど特別になりたかった少女>、のことも同じくらい気になってしまう。好きではないけど、目が離せない。かたはらいたいほど、憎むことができない。そこに自分を見るからだ。

桜庭一樹の作品には、<特別な少女>が頻出する。非凡な名前・容姿・境遇を与えられた少女を通し、周囲の人間の欲望や現実が描き出され、物語が展開していく。
まるでアイドルのようだ、と思う。人々の欲望の投影を受けることで成り立つ、記号的な存在。(余談ですがこの作品にはアイドル、アイドル志望、元アイドル、芸能スカウトなどが出てくるのでアイドル好き、特に昭和のアイドルが好きな方にはぜひ読んでいただきたいです。)

『少女七竈と七人の可愛そうな大人』も例によって、北海道の田舎町に住む<特別な少女>・川村七竈(ななかまど)を通し、彼女を取り巻く人々の物語が描かれる。七竃が<特別>たるゆえんは、第一話冒頭の独白を読んでいただければわかるはず。

「わたし、川村七竃十七歳はたいへん遺憾ながら、美しく生まれてしまった。」

そう、七竃はたいへんな美少女であり、そのことを呪っているのだ。

そんな七竃の特別さと特別じゃなさを味わえるのがこの作品の魅力の一つだが、一方で、本作には<特別じゃないけど特別になりたかった少女>、の語りも多分に挿入されている。これが、他の桜庭作品とは違う、本作特有の大きな魅力になっていると思う。

「これからさきのながいながーい人生をですね、先輩。ちっともとくべつじゃない自分とむきあいながら、わたし、どうやって生きてくの?」
七竃に憧れる平凡な後輩、緒方みすずの台詞。

「わたしは二十五歳にまるまでにどうしても、うまく、べつの人間になることができなかった。そしてどんどん丸っこい輪郭が濃くなっていくことに、ちょっとおびえていた。おんなというものは、どうしたら、変わるのかしら? こころのかたちを変えるのに必要なのは、男遊びなんじゃないかとわたしはとても生真面目に考えた。」
そして七竃の平凡な母、川村優奈の独白。

私はこの<特別じゃない(元)少女>・川村優奈がたいそう好きだ。
優奈は、母親の「デザイン」したとおりに育った自分の凡庸さを呪いながら、非凡な世界を生きるアイドルに憧れて少女時代を過ごす。そのまま大人になり、幾年がすぎたある朝、彼女の抑圧はしずかに爆発し、「辻斬りのような男遊び」がはじまる。
思うに、平凡ながら「若くて感じのいい女」ではあった彼女は、世が世ならアイドルになれたはずだ。しかし、彼女は昭和の女だった。昭和は、特別な少女しかアイドルになれなかった時代。彼女は辻斬りになるよりほかになかったのだ。

さて、平成の女であるところの私は、「こころのかたちを変える」のに必要なのは何か、とても生真面目に考えた結果として、いま、こうしてアイドルとなり、記号性を獲得しようと試みている。のだが、なかなかどうして、かえって丸っこい輪郭が濃くなっていくことに、ちょっと怯えています。

少女七竈と七人の可愛そうな大人
桜庭一樹著/角川文庫

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